今日は配偶者の従兄弟のお葬式でした。
まだ46歳という若さでした。

病気を患ってしまい、何度か救急車を呼び、入退院を繰り返していたし、
病気治療中の時に、交通事故にも遭ったこともありました。
二週間前、心肺停止の時間が長くなってしまい
救急病院に運ばれたものの、脳に障害ができてしまいました。
彼に最後に会ったのは病院のICU。
機械につながれていて、呼吸だけしている状態でした。
私は生まれて初めてICUに行きましたが
生きている命があるけれど、それは本当に瀬戸際であるということ、
重い空気が流れないままそこに漂っている、そんなふうに感じた場所でした。
彼は結婚して5年。
彼の奥さんは私と同じアジアの国の出身。
一人でこの国にやってきて15年。
彼女の家族はこちらにはいません。
子どもが欲しいと願いつつ、三度の流産。
この従兄弟の母親(私の配偶者の叔母)と妻は、
延命措置をするかしないかの厳しい選択をしなければなりませんでした。
彼女達は、教会の神父様や医師とも相談して、
延命措置をしないことを選びました。
子どもへの愛、配偶者への愛、溢れる愛情を持った二人にとって、
それは私の想像を絶する、とても難しい選択だったと思います。
この従兄弟には他に弟と妹がいます。
この三人の従兄弟は全て、私の配偶者の叔父叔母が
それぞれ違う家族から赤ちゃんの時に養子として迎え入れた子達でした。
叔母は早くに夫を病気で亡くし、女手一つで三人を育て上げました。
しかし去年は、娘がカナダの東の方で凍死しました。
子どもを先に見送るということ…
想像するだけでもひどい悲しみを感じるのに
二人の子供を先に見送った叔母の気持ちを考えると本当にやりきれません。
叔母自身も、この2,3年の間にスーパーマーケットで
落ちていたブドウの粒で滑って転倒して腰を痛めたり、
今年に入ってからは、家の前で、
車から漏れていたオイルで滑って、再度転倒して負傷…
足の手術をした後は、リハビリ、そして歩行器を使っての生活です。
本当に大変な日々を送っています。
しかし80歳を過ぎていても気丈な彼女。
息子の生死についても、本当に悩んだ末の決断でした。
これが神様が決めた彼の運命であれば、それを受け入れる…と。
5年程前、私がとある日系の居酒屋で友達と食事をしていた時、
配偶者が店まで迎えに来てくれました。
その時、彼が他のテーブルにいるカップルに歩いて行くので、”なんだろう?”と思ったら
それは結婚したばかりの従兄弟とその奥さんだったのです。
彼らはその居酒屋の常連でした。
私はまだ彼らには会った事がなく、それが偶然の初対面でした。
あんなに元気で豪快にお酒を飲んでいた男性が
たった数年で、こんな小さな姿になってしまうなんて、誰が想像したことでしょう。
お葬式に参列した息子が
『I miss uncle J』
と言いました。
小さい心にも、人の死がどういうものなのか分かったのでしょう。
もう生きては会えないということ。
人の死を経験するたびに思うことがあります。
前にも書いたけれど
昨日は歴史であり、
今日を迎えられたということは贈り物であり、
明日があることは奇跡であるということ。
生きているからこそできること、生きているからこそ伝えられること
それができることに感謝の気持ちを持って毎日を生きること。
当たり前のことすぎて忘れそうになるけれど
決して忘れてはいけないことだと改めて思ったこの一週間でした。





















